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東京地方裁判所 昭和46年(行ウ)173号 判決 1977年3月24日

原告 重本アサコこと三根谷アサコ

被告 麻布税務署長

訴訟代理人 島村芳見 鳥居康弘 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  原告の請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  本件通知書の送達について

(一)  <証拠省略>を合わせると、

被告は、昭和四五年三月一三日原告に対し本件通知書を交付送達すべく、被告所部の係官藤池啓雄をして原告の確定申告書に記載された住所地である東京都港区赤坂三丁目二一番五号三銀ビル管理事務所(右が確定申告書に記載されている事実は<証拠省略>によつて認められる。)及び同区赤坂四丁目二番二八号の原告居宅に赴かせたが、いずれも原告が不在のため(原告が三銀ビル管理事務所に不在であつたことは当事者間に争いがない。)交付送達することはできなかつた。そこで翌一四日右藤池及び上席国税調査官外山俊市は、本件通椥書を送達すべく、まず三銀ビル管理事務所へ赴いたが原告は不在であり、次いで同日午後一時三七分原告居宅へ赴いたが原告は不在であつた(原告が居宅に不在であつたことは当事者間に争いがない。)。そこで原告居宅の一部に居住している原告の長女であり、かつ、原告の従業員でもある高木三江に本件通知書の受領方を申し出たが、同女は受領を拒絶した。そこで同女からの玄関に入れて置いてくれとの言葉もあり、被告係官は同日午後一時五七分ごろ原告居宅の施錠してある玄関の戸の隙間から封筒に入れた本件通知書を差し入れ、もつて差置送達を終えたことが認められる。

(二)1  これに対し原告は、本件通知書を原告居宅玄関内に差し入れることは玄関の構造上物理的に不可能であり、本件通知書は玄関前に放置してあつたというべきであるから適法に差置送達されたものとはいえないと主張する。<証拠省略>には原告の右主張にそう部分がある。しかしながら、右差置送達がされた当時、<証拠省略>で示されるように玄関のどの戸の隙間からも討筒を差し入れることができないように完全に施錠されていたことを確認するに足る証拠はないから、右各写真は前記認定を覆すに足らず、また<証拠省略>は前掲各証拠と対比して採用し難く、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

2  原告は、高木三江は原告の同居人ではないから、同女が本件通知書の受領を拒んだからといつて、差置送達は許されないと主張する。

しかしながら、高木三江が原告の同居人であるかどうかはともかくとし、前認定の事実によれば当時原告は不在であり、原告の従業員である高木三江も本件通知書の受領を拒絶しているのであるから、国税通則法第一二条第五項第二号に規定する差置送達ができる場合に当たることは明らかである。よつて原告の右主張は理由がない。

3  次に原告は、昭和四五年三月一三日朝藤池が原告と面接したからその際本件通知書を交付送達することが可能であつたにもかかわらず、あえて交付送達をせずに差置送達を行つたことは違法であると主張する。

原告本人尋問の結果(第一回)中には右主張にそう部分があるが、右供述は藤池証人の証言(第二回)と対比して採用し難く、他に藤池が同日原告と面接した事実を認めるに足る証拠はないのみならず、右三月一三日に被告係官が本件通知書を所持して三銀ビル管理事務所及び原告の居宅に赴いた際には、既に原告は不在であつたことは前記認定のとおりであつて、原告の右主張は理由がない。

三  収入金額について

(一)  収入金額の家賃、共益費、償却費のうち別表四記載の部分及び雑収入の金額については、当事者間に争いがない。

(二)  収入金額の計上時期について

1  収入金額について被告は権利確定主義をもつて算定するが、原告は昭和四一年中に現実に入金した額をもつて算定すべきであるとし、原告は従前より現金主義により記帳し申告しているから、同年分のみを権利確定主義により算定すると継続性の原則に反するばかりでなく、各室とも一か月分の家賃額を重複課税されることとなると主張する。

しかしながら、所得税法第三六条第一項は、特に規定する場合を除き権利確定主義を採用しており、収入すべき権利の確定する時期は法律上権利の行使ができるようになつた時を基準として決すべきものと解すべきである。したがつて、原告主張のように現金主義により家賃等の収入の計上時期を決するのは誤りであるから、継続性の原則に反することとなるか否かを論ずるまでもない。また、原告が従来現金主義によつているとするならば、権利確定主義によると収入金額が前年分又は翌年分と重複計算される場合がないとはいえないが、逆に重複して控除される場合もありうるのみならず、仮に重複計算による不利益があるとしても、それは権利確定主義によらなかつた従前の申告が誤りであつたということに過ぎず、本件係争年度もまた現金主義の誤りを繰り返すべきであるということにはならない。よつて原告の右主張は理由がない。

2  ところで、原告が前家賃制を採用していることは当事者間に争いがないところ、被告は前家賃制の場合には前月末に当月分の家賃を請求し得るから、前月末に収入すべき権利が確定すると主張する。しかしながら、家賃は賃借建物の使用収益の対価として支払われるものであるから、翌月には賃借しないとすれば前月末に支払う必要のないものであり、また習月の中途で契約が解除されればその月分として支払つた家賃のうち解途日以後の日数に対応する部分は返還を受けることができる筋合のものであるから、前家賃は単に契約上の支払時期を定めることによつて前月末に請求できるというに過ぎないものと解すべきである。したがつて、前家賃を収益として計上すべき時期は、当該前家賃に相当する月が経過した時であつて、それまでは前家賃は前受金たる性質を有するものと解すべきである。そうすると、原告の家賃収入は家賃月額に賃借人が昭和四一年中において実際に賃借していた月数を乗じて計算(月の途中の場合は日割計算)するのが相当であり、ただ入退居等に際し特に賃借人の承諾の下に収入すべき金額として受領した金員があるときに限り、これをも収入とし、また同様にその際支払を免じた金員があるときは、これを収入から除外すべきである。

(三)  収入金額の認定<省略>

四  必要経費について

(一)  別表二のうち減価償却費を除くその余の必要経費の額については、当事者間に争いがない。

(二)  減価償却費については一、二八一、四二二円の限度では、当事者間に争いがない。原告は旧措置法第一四条の新築貸家住宅の割増償却の規定が適用されるから、減価償却費は二、五七九、七二七円となると主張する。

1  旧借置法第一四条第三項は同法第一一条第三項の規定を準用し、確定申告書に特例の規定により必要経費に算入される金額についてその算入に関する記載があり、かつ、これらの書類に新築貸家住宅の償却費の額の計算に関する明細書の添付がある場合に限りこの特例を適用することとしている。ところで、租税特別措置法に定められている特例規定の殆んどすべてがその時代における国の各種政策上の見地から設けられた税負担軽減措置であり、所得税法中に規定されている各種所得控除とは異なり、この特例の適用を受ける実質的要件が充足されていても当然に適用されるわけではなく、納税者が同法に定める手続的要件を覆践して始めてその適用を受けることを建前としているから、これら手続規定は単なる訓示規定ではないと解すべきである。

ところで、本件において原告が旧措置法第一四条第三項、第一一条第三項に定める手続的要件を覆践していないことは当事者間に争いがないから、被告が同法第一四条第二項の適用を否定したことに違法はない。

2  原告は、原告が右手続的要件を覆践しなかつたことにつき昭和四一年九月被告係官松井吉明が割増償却の適用があることを認め、かつ、手続は被告において行う旨確約した等の事実を挙げ、手続上の不備を理由に割増償却の適用を否定することは禁反言の法理に反し許されないと主張する。

<証拠省略>中には右主張にそう部分がある。しかしながら、右供述はあいまいであるのみならず、昭和四一年分の確定申告の行われるのは昭和四二年二月以降であるから、昭和四一年九月に被告係官が原告主張の約束をするようなことは到底考え難いことである。したがつて、右供述は採用し難く他に右確約の事実を認めるに足る証拠はなく、また昭和四一年分所得税の調査において被告係官が割増償却を認めていたとの主張事実もこれを認めるに足る証拠はないから、その余の点を判断するまでもなく右主張は理由がないし、更に昭和四二年分所得税につき割増償却を適用した原告の申告を被告が是認したとする事実は、本件における手続上の不備の被告主張を何ら妨げるものではない。

五  過少申告加算税について

原告は、被告係官が割増償却の適用を認め、被告において手続をとることを確約した事実からして、三銀ビルに割増償却の規定が適用されると信ずることは当然であるから、国税通則法第六五条第二項の「正当な理由がある」というべきであり、少なくとも割増償却を否認した部分に関する過少申告加算税の賦課決定は違法であると主張する。

しかしながら三(二)において認定したとおり被告係官が原告主張の約束をした事実は認められないから、国税通則法第六五条第二項の正当な理由があるといえないことも明らかである。よつて、原告の右主張も理由がない。

六  以上述べた理由により原告の昭和四一年分の収入金額は一九、六一二、四五八円、必要経費は六、七八四、四七四円となるから、その所得金額は一二、八二七、九八四円となる。右所得金額は本件更正に係る所得金頭を超えるから、本件更正及び過少申告加算税の賦課決定に違法はない。

七  よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 時岡泰 成瀬正己)

別表一ないし五<省略>

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